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獣医による医療事故?動物病院で何が・・・

不妊手術で命を落としたシーズ犬チョコちゃんのペット医療過誤体験談

ペットの医療過誤体験談 「チョコちゃんは今、本当に天国ですか?」

以前、すみれ裁判のことが掲載された河北新報の記事を読んでお電話を下さった方の医療過誤体験談です。
医療過誤体験談と一緒に元気だった頃の幸せそうなチョコちゃんの写真が送られて来ました。
チョコちゃんのご冥福をお祈りします。
<すみれHP>

チョコは幸せだったのでしょうか。
チョコは今どこにいるのでしょう。
推定年齢2〜3才。シーズー犬のチョコは、2001年11月9日、不妊手術の最中に命を落としました。

チョコとの出会いは手術の一年前、2000年の11月26日のことです。
私はその日、宮城県のある町の外れを車で通り過ぎようとしていました。
そのとき一匹のシーズーが車道に向かって歩き出したのが目に入りました。
行き交う車は皆その子を避けて通り過ぎて行きましたが、このままでは危ないと思い 私は車を路肩に停め、抱き上げました。

私が抱き上げると、その子は不安そうに「ヒューンヒューン」と鳴きました。
その日私の車には、オスのビションフリーゼ、タンタンと2001年2月に警察署で保護されていたメスのシーズー、ミミが乗っていました。
チョコは他の子に対面すると初めて安心したように、移動中の車の中でタンタンやミミに寄り添ったり、しばらく経つと車内を前に後ろに探検するようにもなりました。

この子の飼い主さんはさぞや心配しているだろうと思い、その日の予定を中断し、早速仙台市内の自宅につれて帰り、ラジオや新聞広告で飼い主探しを始めました。
保護した地域の警察にも届出をし、飼い主さんから連絡が入ったらすぐに手元に送り届ける旨伝えて欲しいと頼んできましたが、問い合わせも連絡も入ることはありませんでした。
獣医の話では推定年齢2〜3歳だというその子は、結局チョコちゃんと名づけ、我が家の一員となることになったのです。

我が家にチョコが来てからわずか2ヵ月後、チョコは4匹のかわいい子犬を産みました。
チョコと同じ毛色の子、ラブを1匹手元に残し、3匹は友人達が育ててくれることになりました。
チョコの産んだ3匹を手放すのは、わが子が手元からいなくなってしまうような辛い思いでしたが、当時我が家には、いつのまにか居ついてしまった黒猫のクロちゃんと、飼い主さんを交通事故で亡くした5才の紀州犬ペロンちゃんを含め、犬が5匹と猫1匹の大所帯でした。

今後のことも考え、病気の予防も兼ねてチョコの不妊手術を決めたのはチョコが我が家に来て一年目を迎えようとしていた、2001年11月のことでした。

11月9日午前9時、かかりつけの動物病院につくとチョコはぶるぶると震え出しました。
チョコを動物病院に連れてきて初めての事でした。
受付の女性に、朝の食餌は与えていないこと、チョコはサークルに入れると嫌がって興奮するので、あまり鳴くようなら電話して欲しいと伝えました。

私はチョコの頭をなでながら「チョコ、大丈夫だからね。明日迎えにくるからね。」と病院を後にしたけれど、帰宅してからもチョコの震えている姿が目に焼きついて落ち着きませんでした。

「呼吸停止して今蘇生しています」という連絡が入ったのは午前11時半頃のことでした。
私は一瞬にして目の前が真っ暗になり病院に駆け込みました。

手術室に入りチョコの元へ駆け寄りました。
チョコは舌が出ていて紫色に変色し、お腹の傷口が開いたままの状態で横たわっていました。チョコのあまりにも惨い姿に涙が止まりませんでした。

獣医は、チョコの口に入っていた管を外し、別の細い管で空気を送ったり注射をしながらも、その合間合間に、他の患者の診察も行っていました。

呆然としている私に獣医は「助かっても植物状態になる」とか、「もともと心臓が悪かったんじゃないか?」などといい続け、挙句の果てには「フィラリアだったかもしれないな。素性の分からない子だから。2,3才だと思ったけどもっと年だったのかもしれない。」と、まるでチョコに問題があったかのような言い様でした。

ほどなくして、チョコの脈がほんの少し動き出し便が出てきました。
獣医は「今のうちに傷口を塞ごう」と言うと、ホチキスのような器具で無造作に傷口を留め、「このまま様子を診ましょう」とチョコをゲージに移しました。

私はチョコの脈が戻ったことで少しホッとしました。
私は獣医に、チョコの状態が落ち着いている今のうちに我が家の犬達の世話を友人に頼んで、すぐにチョコの元に戻ることを告げ、一旦家に戻りました。
友人に家まで来てもらい犬達の世話を頼んで、病院へ戻ろうとしたその時、病院からの電話が鳴りました。

「もう駄目みたいですね。心臓がイヤイヤしてますから。」
電話に出た私に、獣医が言った言葉がこれでした。

病院には友人が付き添ってきてくれました。
私は手術台のチョコに「ごめんね、ごめんね、手術なんてしなければよかったね」と、ただただ謝ることしか出来ませんでした。

獣医は手馴れた様子で青いダンボールを手早く組み立て、チョコをその中に入れると
「今日は金曜日だから・・・火葬場は土日が休みだから今日連絡したほうがいい」と言いました。
まだ温かいチョコを目の前に、そのときの私にそんなことを考えるゆとりは到底ありませんでした。

帰り間際、友人が獣医に「今日の治療費は」と聞くと獣医は、「これは事故ですから」と言い初めて頭を下げましたが、獣医は最後まで私とは決して目を合わせようとはしませんでした。
私は涙を止めることができませんでした。

その日、チョコちゃんの産んだ子犬たちの飼い主さん達が皆、お別れをしに家に来てくれました。
だんだん冷たくなってゆくチョコと3晩、私はいつものように一緒に布団で寝ました。
月曜日火葬場へ行き、翌日軽くなったチョコを悲しい、辛い思いで迎えに行きました。

そして手術から10日目、チョコが生きていれば抜糸の日でした。
私は思わず病院へ電話を掛けていました。「今日、チョコの抜糸の日ですよね」と言うと、電話口に出た女性は明るく、何事もなかったかのように「あっ、はい。チョコちゃんですね」と答えました。
私はその対応に思わず、「検査もしないでサークルで鳴かせて、興奮状態で麻酔をしたからショック死したんじゃないんですか」と言ってしまいました。
電話口の女性は「そんなことはありません。ちょっとお待ちください」と言い残し、その後長い間電話口に出ることはありませんでした。私は諦めて電話を切りました。

電話を切ってから一時間以上経って、医師が自宅へやってきました。
チョコが死んでから初めてのことでした。
獣医は「電話をくれてありがとう。まだ悲しんでいると思ったので」と。
獣医の顔を見ていると悔しさで泣けてきました。
「ちゃんと検査をしていたらこんなことにならなかったんじゃないの。全部チョコのせいにして言い訳ばかりして・・・」私は自分の気持ちを獣医にぶつけました。
獣医は「殺したくて殺したんじゃない」と言うと、詫びの言葉ひとつ残さず、帰り際菓子箱を玄関に置くと、そのまま帰ってゆきました。

良い先生だと信頼していたのに、事故が起こった途端、誠意のない言葉に情けない思いです。
なぜ他の病院に変えておかなかったんだろう、あの日私がチョコを連れてこなければこんなことにならなかったんじゃないかと自分を責め、何も手につかないまま1年が過ぎ、2年が過ぎ、今年3年目を迎えてしまいました。

まだチョコのお骨は茶の間に安置してあり、線香をあげ毎日話しかけています。
チョコはとても人懐っこく、子育ても上手な子でした。
立ち上がって前足を動かし「ちょーだい、ちょーだい」の意思表示をする姿は、本当にかわいらしいものでした。

チョコは、我が家に来てすぐお母さんになり、思いがけず孫まで残してくれました。
チョコは孫達の面倒も良く見てくれた、とってもかわいい、いい子だったのに、うちの子になってたった一年で、あっという間に天国へ行ってしまいました。
本当は何て名前だったんだろう。
どこのおうちで、どんな風に育てられてきたんだろう。
チョコが死んでしまった今、元の飼い主さんに申し訳ない思いで一杯です。

チョコちゃんが亡くなった翌年、猫のクロちゃんも13才で亡くなりました。 去年ミミがまゆちゃんという仔を産み家族がまた増えました。それからチョコの孫のチャミとハニー。
チャミは顔と声がチョコちゃんに良く似ているし、ハニーは体つきと「ちょーだい、ちょーだい」を受け継ぎました。現在総勢7匹、毎日ワイワイ賑やかです。

でもね、チョコちゃん。お母さんはあなたが今、ここにいないことがとても寂しい。
チョコちゃんは今、本当に天国ですか?

宮城県仙台市在住 R.C

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